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委ねる Surrender and Trust

by Iroha Ogawa
Sep 02, 2026
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「委ねる」という言葉は日本語ではそう強い言葉ではありません。「人に判断を委ねる」ということが、日本ではよくあることだからかもしれません。

「委ねる」を英語に訳そうとすると、"Surrender to"とか”trust"とか、割と強い決意のようなものを感じます。英語圏や欧米の言語では、人に判断を任せるというのは一大事であるということが、よく伝わります。

では日本ではなぜそう簡単に人に任せたり、委ねたりできるのか。日本ではお互いのことを思いやって行動することが前提だからです。「相手も必ずこちらに配慮してくれて、そう酷いことはしないはず」。そういう前提があるから委ねられるのです。

同時に、自分も常に他人に配慮しながら生きることが求められています。欧米スタイルに慣れていると、少し不自由に感じることもあるでしょう。

物事には良い面も悪い面もあるので、どちらがいい、という話ではないのです。ただ「すべて自己責任」が前提でない社会もあるよ、ということを知っているのも悪くないのではないでしょうか。

そしてせめて自然に触れる時など、自分の脳みその「判断」を体の「感覚」に委ねてみる、そんなチャレンジはすぐできるのではないでしょうか。

いろは

 

The word yudaneru — to entrust, to let go — doesn't carry much weight in Japanese.

Perhaps because handing a decision to someone else is simply something that happens, naturally and often, in Japanese life.

When I try to translate yudaneru into English, the closest options are "surrender to" or "trust" — words that carry a sense of resolution, of conscious decision. Something significant. And I think that tells you something: in English-speaking cultures, placing a decision in someone else's hands is a significant thing.

So why does it come so easily in Japan?

Because in Japan, the assumption is that the other person is also thinking of you. They will consider my feelings. They won't do anything truly unkind. That shared understanding — that unspoken agreement to look out for one another — is what makes it possible to let go so readily.

Of course, it works both ways. You are also expected to hold others in mind, always, as you move through your day. For those accustomed to a more individualistic way of life, that can feel constraining at times.

Neither way is simply better. Every approach has its light and its shadow.

But it might be worth knowing that there are societies where "everything is your own responsibility" is not the default assumption.

And in the meantime — here is a small challenge, available to you right now: the next time you step outside and meet the natural world, try letting your senses lead. Set aside the mind's judgements, just for a moment, and let what you feel guide you instead.

That kind of yudaneru needs no cultural context at all.

Iroha

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